ボードゲーム雑感「登山」

「K2」というボードゲームがある。K2はエベレストに次ぐ世界で2番目に高い山で、エベレストを超える死亡率で知られる、別名非情の山と呼ばれる8000メートル峰だ。一応、ゴッドウィン・オースティン山という名前はついているものの、カラコルムの調査時につけられたK2(Kはカラコルムの略だ)が一般的な呼称だ。

作者のAdam Kałużaも趣味が登山と言うことで、現実のシミュレート度としての「K2(ボードゲーム)」は非常に高く、山における緊張感がよく表現されていると思う。

「K2」がきっかけではないが、5、6年ほど前に、登山に関するドキュメンタリーにはまっていた時期があった。不謹慎を承知で記すが、命を懸けた挑戦は、安全圏でそれを眺める分には大変面白い。著名な登山家の多くは、こう言っては何だが頭のネジが外れている(もしくは多くの人々とズレている)のではないかと思うこともしばしばだ(そのあたりは山野井泰史「垂直の記憶」あたりを読んでいただければわかると思う)。

そうして読んだ書籍の中でも、群を抜いて面白かった本は、ジョン・クラカワーの「空へ」と、西前四郎の「冬のデナリ」である。前者は1996年に起きたエベレストでの大量遭難死を、その場にいたジャーナリストがレポートしたもので、「エベレスト」という題で近年映画化された。後者は冬のデナリ(マッキンリー)を初めて登頂したチームの中心人物であった日本人の書いたドキュメンタリー。ベースキャンプ設営直後にメンバーの一人に不幸があったため、様々な葛藤が生まれたこともあり、作品中では一貫してジローという名前で登場している。

「空へ」のテーマは、エベレストの商業登山の隆盛がもたらした人為的な事故に対する警鐘だ。エベレスト登頂が“ツアー”化し、登山者が増えたことにより、山での“渋滞”が引き起こされ、予定の時間に下山できずに遭難する顛末を描いている。体調を除けば、山頂へのプッシュ(昔はアタックという言葉がよく使われていたが、近年はプッシュと呼ばれることが多い)の条件はほぼ100パーセント、天候だ。8000メートルを超える地では猛烈な風が吹き荒れる。風が強ければ体感温度は急激に下がる(風速1メートルにつきマイナス1度とも)し、山の稜線では風にあおられて転落する危険性も増す。風だけではなく雪が降れば視界はなくなり、雪崩が発生する可能性も高まるのだ。
山頂プッシュの条件が天候だとすれば、山頂プッシュの最重要リソースは時間だ。「デスゾーン」と呼ばれる8000メートルを超える場所は、文字通り1秒ごとに命が削られる領域である。じっとしていても体力が回復することは絶対にない。また、天候は刻一刻と変わり、雪崩や凍死のリスクも時間と共に高まっていく。

ゆえに、山頂プッシュは天候が良いときに、できるだけ早く登り、できるだけ早く下ることが生存率を高めることになるわけだが、天候がよい場合は誰しもが山頂プッシュをしたがる。しかも登頂ルートは限られるため、一度に一人しか登れない場所では、人数が多ければ立ち往生だ。貴重な時間がどんどん消費され、天候はどんどん変わっていくことになる。1996年の大量遭難死の時は、ツアーガイドや各登山隊のリーダー間で、前もってプッシュの日時の取決めをし、渋滞を回避する試みはされたが、結局は取決めは反故にされ、ついにその日を迎えてしまうのだ。

この本が出版された当時、アメリカでは相当議論が巻き起こったらしい。論点は主に2つ。ひとつは生還した著者に対して「なぜ遭難者の救助活動に参加しなかったのか」という批判。これには意識朦朧の状態で認識した人影を勘違いし、誤った情報をベースキャンプに報告した点も含まれる。もうひとつは、登山者たちの行動について、結果的に還らぬ人となった者も含めて批評をしているかのような内容であったということ。後にその人物と論争になり、出版本で互いに揶揄しあう結果となり、その最中に相手がやはり8000メートル峰のアンナプルナで雪崩に巻き込まれて死亡するという結末を迎える。このあたりは文庫版に詳しい。

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「冬のデナリ」は、ジャーナリストの書いた「空へ」と比べれば、より小説に近い筆致で書かれている。前述の通り、隊員の不幸があったゆえに、当事者ではなく登場人物に仮託して描かざるを得なかったためかと思う。なぜか子供向け(小学校高学年向け)の書籍ラインナップに入っているので大変読みやすいものの、内容は結構ハードである。
デナリは植村直己が遭難死(正確には生死不明)したことで有名な山だ。 6000メートルそこそこしかない山なのに、世界的な冒険家として知られる植村が遭難死したということで意外に思っていたが、この本を見て疑問が文字通り氷解した。
デナリはふもとからの高さ(比高という)がエベレストの1.5倍もあり、海にも近いため、独立峰のように風の影響をもろに受ける。また高緯度に存在している(アラスカだ)ので基本的に気温が低い。決して標高だけでは語れない難しさが山にはあるのだ。
物語は後に冬季登頂を初めて達成するヒッピーの青年と、アメリカ留学をした著者の出会いから始まり、前半は登山のスポンサー集めと道具の準備、後半は実際の登山の様子が描かれる。物語のクライマックス部分は、山頂を目指す3人と、第一キャンプ、第二キャンプで待機する4人のそれぞれが、お互いの安否が確認できない状況で生きようと懸命に努力する場面が描かれる。今はそれこそGPSだの衛星電話だのが発達しているので、まったく状況がつかめないということは少なくなっているのかと思うが、当時はそうしたものは一般的なわけではなく(ちなみに登場人物の1人は馬鹿でかい衛星電話を運び込み、周囲に呆れられ、さらに全然使い物にならなかった)、仲間の安否がわからないまま決断を下さざるを得ない心中は察するに余りある。

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「空へ」を体感したいならば、「K2」の続編である、その名もズバリの「エベレスト」というボードゲームがある。プレイヤーはツアーガイドとなり、“お客さん”をいかに登頂させて下山させるかというゲームだ。“お客さん”は登山経験豊富な貧乏登山家と、登山経験が少ない金持ちの2種類いて、前者はあまり手間をかけなくてもそんなに死なないが、登頂成功させた時の得点が低く、後者はその逆で死にやすく得点が高い。酸素ボンベがなければ順応(要はヒットポイント)を高めるためのカードを仕込むことができない。また、山頂付近はそのエリアに入れる“お客さん”が制限されるため、山での渋滞を体感できるだろう。

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「冬のデナリ」を体感したいならば「K2」。「エベレスト」は異なり(ちなみにK2を持っていれば、K2ルールでエベレストを遊べる)、こちらは登山家として自らK2に登頂する点が異なるが、 基本となるシステムの多くが共通している。両ゲームとも、天候が重要な要素であり、隙あらば一気に行動をしたいところだが、その行動はリスクと引き換えであることがリスクトークンという形でうまく表現されている。これがあるために、「あ、あと1歩足りない!」という状況がよく生まれる。

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エキストラ枠として、kick発の立体ボードゲームである「Mountaineer」も挙げておこう。詳しくは下記キャンペーンページを参照されたいが、システムとしてはチケライ方式で登山をする、というもののようだ。もちろんおれはkickしていない。

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最後に、これはいわゆるアナログゲームではなくデジタルゲームだが、Playstation(初代)のゲームで「蒼天の白き神の座」(そうてんのしろきかみのくら、と読む)という、登山隊を組織して前人未到のカムコルス山脈の5つの山を登頂するという超絶マニアックゲーもあることを付記しておく。