ボードゲーム雑感「うどん県の例の条例とボードゲームについて(その1)」

うどん県(出身地差別につながる可能性があるので、県が特定されないように仮の県名でお送りします)の例の条例については、成立の過程でいろいろ報道されていたので、おおよその内容は知っている人が多いと思う。が、わずか数十文字のやりとりで何でも知った気になる人間が多いこのSNS隆盛の時代において、きちんと原文を確認せずに盲目的に批判に追従するのはバカのやることであると常々思っているので、しっかりと原文を読んでみた。その上で、この条例によってうどん県においてボードゲームがどのような影響を受けるのか考察してみたい。

条例の公布日、施行日

 この条例は「うどん県ネット・ゲーム依存症対策条例」という名称で、2020年3月24日に公布され、2020年4月1日に施行された。地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)の第十六条によれば、

条例は、条例に特別の定があるものを除く外、公布の日から起算して十日を経過した日から、これを施行する。

(引用元サイト:e-GOV

 とあるので、公布から施行までは通常からはやや短い日程であったことがわかる。成立過程で審議が尽くされたかどうかは別として、新年度の開始にあわせた施行日であることは自明であり、他意はないように見える。

条例の名称と主旨

条例は(というか法律に類するものの多くは)構成がだいたい同じであり、まずはじめに来るのは条例の名称とその条例の制定主旨の説明だ。ここを読むだけでこの条例がいかに怪しいものかがわかってしまうところが情けなかった。うどん県の議員の頭につまっているのは脳みそではなく、明らかにうどんである。のっけからこう書かれている。

インターネットやコンピュータゲームの過剰な利用は、子どもの学力や体力の低下のみならずひきこもりや睡眠障害、視力障害などの身体的な問題まで引き起こすことなどが指摘されており(後略)

(令和2年3月24日うどん県報(号外第1号)https://www.pref.kagawa.lg.jp/somugakuji/kenpo/2020index/2020/0324gj24.pdfより引用) 

子供の学力や体力の低下やひきこもり、睡眠障害、視力障害は、単なる外遊びであっても読書であっても過剰であれば引き起こされる問題だ。引用部分の一番アホなところは、インターネットやコンピュータゲームという単なる”手段”を様々な問題と短絡的に結びつけているところだろう。これではインターネットでエロ動画を見たりこのサイトを見るような行為と、遠隔授業を受けたり動画でダンスを勉強したりといった行為が同列に扱われてしまう。コンピュータゲーム*1にしたって、今はプロ棋士がAI将棋ソフトで研究をする時代である。藤井聡太はうどん県出身じゃなくてよかったね。

さて次の一文にもツッコミ要素は少なくない。

とりわけ、射幸性が高いオンラインゲームには終わりがなく、大人よりも理性をつかさどる脳の働きが弱い子どもが依存状態になると、大人の薬物依存と同様に抜け出すことが困難になることが指摘されている。

(同資料)

オンラインゲームってそんなに射幸性が高かったっけ?射幸性は乱暴に言い換えればギャンブル性だ。つまり、努力ではなく運による度合いが強いということなのだが、これはいわゆるソシャゲにおけるガチャのことを言っているのであろう。ここでも先程と同じような"手段”のみをあげつらっただけである。まあ「射幸性が高い(一部の)オンラインゲーム」と善意の読み替えをすることもできるが、そこまでは考えていないのは、後述の定義の欄でも明らかである。

大人よりも理性をつかさどる脳の働きが弱い子どもが依存状態になると、大人の薬物依存と同様に、というのもバカバカしくて笑ってしまうような表現だ。そもそも依存という現象自体が、「特定の物質や行為・過程に対して、やめたくても、やめられないほどほどにできない状態*2 」なわけで、大人や子供の区別はない。また条例文では大人の薬物依存を引き合いに出しているが、これも適当ではない。薬物依存には物質的な依存と精神的な依存の2種類があり、例えばヘロインなどは効果が切れると嘔吐感や激しい関節痛が発生する。それを逃れるために連用する、という状況が物質的な依存だ。一方精神的な依存は、コカインや覚醒剤LSDなどは効果が切れると苦痛に襲われるのではなく、クスリが効いている間の感覚が忘れられないとか、なんとなく不安感に襲われる、イライラするので思わず連用する、という状況を指す*3
一方で、ゲーム依存はこうした薬物依存ではなく、行為そのものに依存している状態であり、行為依存(またはプロセス依存)と呼ばれるものだ。引き合いにだすならばギャンブル依存や買い物依存といったものをだすべきであろう。理性をつかさどる脳の働きが弱い議員が作るとこういう文章になるのか。

脳の働きが弱い文章は続ける。

加えて、子どものネット・ゲーム依存症対策においては、親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要であるとともに、社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるようにネット・ゲーム依存症対策に取り組んでいかなければならない。

(同資料)

親子の信頼関係が形成され、子供時代が愛情豊かに見守られることが重要なら、ゲームばっかやって子供を顧みない18歳より上の大人どもはどうなんだ。また、親子で仲良くゲームに興じることは愛情豊かに見守っていることにならないのか。

ゲームやネットばかりやっていると自己肯定感を高めることはできないというのも誤りだ。ゲームをクリアしたときの達成感は自己肯定感を高めないとでも?対面だと萎縮してしまう子供がネットの世界でのびのびできることが積極的なチャレンジを後押しし、バーチャルであっても活動の範囲が広がるとは思わないのか?*4

条例の主旨だけでこんだけバカバカしい点が浮き彫りになっているのだから、肝心の条例本体の出来も推して知るべしではあるが、一応続きも見ていくことにしよう。

本条例における定義(第2条)

本条例で定義される言葉についてこのタイミングで採り上げる方が、このあとの話を理解しやすいと思うので、先に第2条を見てみよう。

第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(1) ネット・ゲーム依存症 ネット・ゲームにのめり込むことにより、日常生活又は社会生活に支障が生じている状態をいう。
(2) ネット・ゲーム インターネット及びコンピュータゲームをいう。
(3) オンラインゲーム インターネットなどの通信ネットワークを介して行われるコンピュータゲーム
(4) 子ども 18歳未満の者をいう。
(中略)
(6) スマートフォン等 インターネットを利用して情報を閲覧(視聴を含む。)することができるスマートフォン、パソコン等及びコンピュータゲームをいう。
(後略)

(同資料)

ネット・ゲームは「インターネットゲーム(オンラインゲーム)」ではなく、「インターネット」と「コンピュータゲーム」という2つのことを言っているらしい。じゃあいったいコンピュータゲームは何を指すのだろうか?ここできちんと定義がないのであれば、おれなんかは「ファミコンはテレビゲームなのでコンピュータゲームにはあたらない」と抗弁する。「ファミコンは電子回路を含んでいるからコンピュータ。だからファミコンゲームはコンピュータゲームだ」と言われたら、「プレイ中のゲームは計算ゲーム(5、6年)*5といって、実際は算数の勉強です」「テトリス*6で図形の認識力を養成しています」「信長の野望 全・国・版*7国家の統治と戦争行為、外交のシミュレーションしています」などと説明するだろう。

オンラインゲームの定義もされているが、この内容であればオンラインで会話しながら(BGAではなく)プレイできるゲーム(ボブジテン等)はオンラインゲームにあたらないのではないかと思う。この場合はオンラインはただの通信としての手段だからである。

本条例の目的(第1条)と基本理念(第3条)

順番は前後するが、用語の定義を一通り確認したところで、次は本条例の目的を見てみよう。一般的な法律は第1条にその法律の目的が語られる。本条例も例外ではない。全文を引用しよう。

第1条 この条例は、ネット・ゲーム依存症対策の推進について、基本理念を定め、及び県、学校等、保護者等の責務等を明らかにするとともに、ネット・ゲーム依存症対策に関する施策の基本となる事項を定めることにより、ネット・ゲーム依存症対策を総合的かつ計画的に推進し、もって次代を担う子どもたちの健やかな成長と、県民が健全に暮らせる社会の実現に寄与することを目的とする。

(同資料)

このあたりはまあ条例文の基本のおまじないといった定形文に近い。問題は第3条だ(他にも問題だらけじゃねーか、とは言ってはいけない)。

第3条 ネット・ゲーム依存症対策は、次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない。
(1) ネット・ゲーム依存症の発症、進行及び再発の各段階に応じた防止対策を適切に実施するとともに、ネット・ゲーム依存症である者等及びその家族が日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるように支援すること。
(2) ネット・ゲーム依存症対策を実施するに当たっては、ネット・ゲーム依存症が、睡眠障害、ひきこもり、注意力の低下等の問題に密接に関連することに鑑み、これらの問題に関する施策との有機的な連携が図られるよう、必要な配慮がなされるものとすること。
(3) ネット・ゲーム依存症対策は、予防から再発の防止まで幅広く対応する必要があることから、県、市町、学校等、保護者、ネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者等が相互に連携を図りながら協力して社会全体で取り組むこと。
(同資料)

ネット・ゲーム依存症が、睡眠障害、ひきこもり、注力低下等の問題に密接に関連していることの証明は何かあるのだろうか?ちなみに、ICD-11(国際疾病分類第11版)の記述ではゲーム依存症と睡眠障害、ひきこもり、注意低下と結びつく、とは明記されていないし、ここで採り上げられているのはオンライン、オフラインを問わずデジタル(ビデオ)ゲームであって、インターネットではない。

また、依存症対策は県、市町(村は対象外…と思ったらうどん県には村がなかった!)、学校等、保護者が協力しあって社会全体で取り組むとか言っているが、対象が子供(18歳未満)なので、単なるしつけに類する問題であって、個々の家庭のルールのためにわざわざ公共機関まで大々的に巻き込むことはなく、今までのインフラで十分だ。公共機関まで巻き込むということは、少なからず税金が投入されるということを意味することで、こんな無意味な施策のために無駄な血税が投入されてしまううどん県民には同情を禁じえない。

本条例における関係者の責務(第4条~第7条)

 第3条の内容をうけ、県の責務は第4条、学校等の責務は第5条、補助者等の責務は第6条、その他依存症対策に携わる業務の従事者の責務は第7条にそれぞれ記載されている。

第4条 県は、前条の基本理念にのっとり、ネット・ゲーム依存症対策を総合的に推進する責務を有する。
2 県は、市町が実施する施策を支援するため、情報の提供、技術的助言その他の必要な協力を行う。
3 県は、県民をネット・ゲーム依存症に陥らせないために市町、学校等と連携し、乳幼児期からの子どもと保護者との愛着の形成の重要性について、普及啓発を行う。
4 県は、子どもをネット・ゲーム依存症に陥らせないために屋外での運動、遊び等の重要性に対する親子の理解を深め、健康及び体力づくりの推進に努めるとともに、市町との連携により、子どもが安心して活動できる場所を確保し、さまざまな体験活動や地域の人との交流活動を促進する。

(同資料)

第4条で注目したいのは第3項と第4項だ。乳幼児期からの子供と保護者の愛着の形成が重要であることについて異論はないが、それとネット・ゲーム依存症との因果関係がまったく不明だ。愛着理論の提唱者Bowlbyは、乳幼児期に愛着形成が不十分だと、その子供は将来的に他人に対して愛着を持てなくなる可能性を示唆しているが、ネット・ゲーム依存は他人に対して愛着があれば防げるのだろうか?第4項にしても、屋外での運動、遊びを善と決めつけているが、屋内での運動、遊びは重要ではないと言いたいのか。鬼ごっこで屋外を走り回っている60分と、屋内でカタンをプレイする60分は(やっとボードゲームの話ができた)学べるものが全然違う。
単に頭が古い人間が「今の子供はひよわだ。おれたちは外で遊んで育ったから、外で遊ぶのが一番いいんだ」という老害にありがちな偏った思想を漏らしたに過ぎないことがここで明らかだろう。子供が安心して活動できる場所を確保することは賛成だが、それは物理的な空間にとどまらず、ネット空間でもそうした場所を確保するということであれば、こんなに叩かれることはなかったはずだ。

第5条 学校等は、基本理念にのっとり、保護者等と連携して、子どもの健全な成長のために必要な学校生活における規律等を身に付けさせるとともに、子どもの自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るものとする。
2 学校等は、ネット・ゲームの適正な利用についての各家庭におけるルールづくりの必要性に対する理解が深まるよう、子どもへの指導及び保護者への啓発を行うものとする。
3 学校等は、校内にスマートフォン等を持ち込ませる場合には、その使用について、保護者と連携して適切な指導を行うものとする。
4 学校等は、県又は市町が実施するネット・ゲーム依存症対策に協力するものとする。

(同資料)

第5条は学校等の責務である。学校等とあるのは、保育園や幼稚園も含んでいるためだ。この条文で恐ろしいのは(第4条でもそうだが)、基本理念にのっとり、の部分であろう。根拠薄弱で偏った基本理念にのっとった責務は、容易に先鋭化することに気づかないのか。学校等はネット・ゲームの適正な利用について啓発を行うものとする、とあるが、啓発が一番必要なのはこの条例を可決させた人間に対してであろう。

第6条 保護者は、子どもをネット・ゲーム依存症から守る第一義的責任を有することを自覚しなければならない。
2 保護者は、乳幼児期から、子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。
3 保護者は、子どものスマートフォン等の使用状況を適切に把握するとともに、フィルタリングソフトウェア(青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律(平成20年法律第79号)第2条第9項に規定する青少年有害情報フィルタリングソフトウェアをいう。以下同じ。)の利用その他の方法により、子どものネット・ゲームの利用を適切に管理する責務を有する。

(同資料)

第6条は保護者の責務である。第1項はいいとして──というかこの文言だけで、他一切の条文は不要かと思うが──第2項は前半と後半がつながってない。先にも述べたが、愛着形成とネット・ゲーム依存症の因果関係が不明だからだ。書くなら「乳幼児期から~育むとともに」までは全カットだ。

第7条 医療、保健、福祉、教育その他のネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者は、県又は市町が実施するネット・ゲーム依存症対策に協力し、ネット・ゲーム依存症の予防等(発症、進行及び再発の防止をいう。以下同じ。)に寄与するものとする。
(同資料)

第7条はネット・ゲーム依存症対策に関係する業務の従事者の責務。彼らには大いに活躍してもらいたいものだ。さしあたって、ネット・ゲーム依存症の予防等にはなんら意味を持たず、かえって逆効果になりかねない悪法を廃止するよう寄与していただきたい。

あー疲れた。未だに終わりが見えないため、続きはまた今度にしよう。ちなみにこの記事を書くのに60分以上かかっているのだが、おれはうどん県民ではないし条例の対象である18歳未満でもないことが伝わっただろうか。

続きはこちら。

cteam.hatenablog.com

*1:ちなみに本条例においてコンピュータゲームの定義はどこを探してもない。

*2:厚生労働省のサイトよりhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000149274.html

*3:とはいえ、薬物依存は少なからず物質的依存性と精神的な依存性を兼ね揃えていて、どちらがより強いかということに過ぎない。とくにヘロインは医学雑誌に発表された専門家への調査で物質的・精神的な依存性スコアがいずれも最高の3点満点である。参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E7%89%A9%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87

*4:ネット弁慶上等ということを言っているわけではないが、行動や書き込みがネガティブな方向ではなくポジティブな方向に向かえば、決して悪いことではないと考える。

*5:東京書籍より1986年発売

*6:BPSより1988年発売

*7:ファミコン版は光栄より1988年発売