ボードゲームの雑感「ダムゲー(その2)」

前回はダムゲー(特に治水ダムを扱ったもの)が少ないという事実を述べた上で、実際は治水ダムはボードゲーム向きではないのか、という仮説を提示したところまでで終わったので、今回はその仮定を裏付ける内容について前半部分で述べたあと、実際のダムの建設とボードゲームの題材としてどう扱うかの考察をしていこう。

ダムの建設前に行う治水計画では洪水時の想定流量がわかるように流量配分図を描く。その上でダムがない場合の流量(基本高水流量という)と、ダム等の治水設備がある場合の流量(計画高水流量という)を検討する。

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流量配分図の例。カッコつきの数値がダムなどの流量調節がない場合(基本高水流量)で、何もつかない数値がダムなどの流量調節がある場合(計画高水流量)をさす。

上流から河口までの間に、様々な川が合流し、そのたびに流量がぐんと増えていることがわかるだろう。そして、当然のことながらダムがあるほうが流量が抑えられている。単純に考えれば、ダムが大きければ大きいほど下流側の流量が抑えられるため治水効果が高いと言えるのだが、多目的ダム(治水と利水の機能を兼ねるダム、前回の記事参照)の場合はそうもいかない。なぜなら治水と利水はダムにとって“相反する”要素を持つからだ。

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普段から使えるように溜めておく利水容量と大雨時の洪水に備えて空きを作っておく治水容量はトレードオフ

水を利用するためには普段から水を溜めておく必要がある。洪水を防ぐためには大雨が降ったときにできるだけ雨水を溜め込めるように、普段は空にしておく必要がある。ゆえに多目的ダムは治水容量と利水容量は完全にトレードオフの関係になっていて、どちらを重視するかで利水容量と治水容量を決めなくてはならない。利水目的のダムは水の利用による収益性も絡み、事業性に直結する。ほら、一気にボードゲームのオイニーがしてきたであろう。いわゆる安全をとるか収益をとるかのジレンマである*1。実際にボードゲームにするのであれば、一つのダムに治水力と収益力の2つのパラメーターがあり、治水力は災害が起きたときの被害を抑え(治水力が災害の規模に及ばない場合は、当然勝利点のマイナス等の強烈なペナルティを受ける)、収益力は勝利点には直接結びつかないが、インフラを整備するための収入源になるといったところか。

ダム建設の流れに話を戻そう。流量配分図等の試算をし、治水効果、採算性等を検討した結果ダム建設が妥当だと判断されれば*2、調査が始まる。ダム建設で最も重要な工程と言っていいだろう。調査は大きく分けて予備調査と実施計画調査があり、予備調査ではダムの治水・利水効果、地形、地質、過去の気象データはもちろん、土地の歴史や文化に至るまでが詳細に調べられ、総合的に建設の是非や設置場所を判断する。実施設計調査では、予備調査の結果を受けてより詳細な調査を実施し、ダムの型式やダムの位置、環境への影響を判断することになる。様々な要因を加味して最終的に建設場所を決める作業は、カタンにおける開拓地を置く場所の検討に通ずるものがある。

こうしてダムサイトが特定されたら、具体的な設計に入りつつ、並行して地権者への用地交渉、移転補償を行う。ダム建設において工期の大半を占めるのは、本体工事ではなくこの用地交渉である*3。ただ、ボードゲームの観点で見ると用地交渉まで厳密にシミュレートするのは難しい。せいぜい反対住民がいることによるダムのコストアップや工期延長といった効果を取り入れるくらいか。

調査が終わったら具体的なダムの設計がはじまり、それに伴って工事費用の見積、発注がなされる。このあたりは普通の工事とあまり変わらない。大きく違うのは具体的な工事の内容だ。通常の建設工事では、まず基礎を作るところから始まることが多い。しかしダムは基礎ではなく工事用の道路を作るところからはじまる。貯水池に沈む道路があれば、その代替道路を作る必要があるのはもちろん、大型重機やコンクリートの運搬に耐えるように工事用の道路も整備される。ダムの建設地は山奥であることが多いから、工事用道路の拡幅、整備は必要不可欠だ*4。単純に現場に鉄板を敷くだけではダメなのだ*5。次に行う工事は、転流工と呼ばれる工事だ。多目的ダムは通常河川の途中に建設されるが、川の流れの中で工事するわけにはいかないため、一時的に川の流れを迂回させる必要がある。そのための河道の工事を転流工という。ダム本体が完成するまでの仮の水路だ。

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転流工の事例。現在建設中の鳥海ダムの仮排水トンネル(2020年7月31日現在)。鳥海ダム工事事務所のweb(http://www.thr.mlit.go.jp/chokai/kuusatu/f_kuusatu.html)資料より一部の画像を引用。ちなみに転流工の工事は上流側ではなく下流側から行う。上流から掘ると、水が入ったときにえらいことになるからだ。

転流工と並行して行われるのは、施工用設備の設置工事とダムの材料の調達先となる場所の選定だ。コンクリート式のダムではコンクリートを莫大に消費するため、遠くから運搬するのは不経済なため、ダム建設現場の近くでコンクリートを製造する設備を作る。この設備のことをバッチャープラントという。また、現場作業員用の宿舎も建設される。コンクリートの骨材やフィルダムのメイン素材の砂利や砕石も基本的には現地調達するのだが、そのための場所を原石山と呼び、ここまでの間にも工事用の道路が整備されるのは言うまでもない。建設道路や転流工、バッチャープラントについてはこれも細かすぎるのでボードゲーム的には捨象されるか、原石山が近くにあるとコストが抑えられる、といったような建設コストとしてひとくくりに扱われる内容だろう。

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ブッチャー。
(画像の引用元:https://hochi.news/articles/20200508-OHT1T50035.html

天龍転流工が終わったらダムの基礎工事が始まる。基礎はダムを支えるだけではなく、水が漏れないようにしっかりと遮水する必要がある。コンクリートダムの場合は土の上にダムを建てるわけにはいかないので、固い岩盤までしっかりと掘り、露出させる*6。しかし、強固な岩盤であっても、亀裂や部分的に弱い部分があると、そこから水が漏れたりダムが沈み込み、ひび割れることがあるので、地盤の隙間にセメントを流し込んだり、岩盤を補強するグラウチングを行う。そうした上で、わずかな隙間も発生しないように小石はもちろん、しっかりとコンクリートを密着させるために岩盤を水洗いをし、水洗い後にモルタルを接着剤がわりに引いてようやくコンクリートの打設がはじまる。

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Barrageのコンクリートコマ(左)と掘削機コマ。決してUFOキャッチャーのアームとギャラガの敵キャラクターではない。

基礎ができたらいよいよダム本体の工事に入るのだが、これについてはダムの種類によっても異なるし、そこまでシミュレートしても細かすぎてボードゲームにならないのでここでは多くを語らないことにしよう。もし本体建設の要素を入れるのであれば、工事中の環境負荷による勝利点のプラスマイナス(ついでに環境負荷をかけるならコストダウン及び工期短縮、負荷をかけないように工事するならコストアップ及び工期延長)といった要素があるか。ダム本体工事そのものをテーマにして協力ゲームにすることもできるかもしれない。

というわけで、この項終わり。

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Barrageのダム(上部)コマ。いずれもコンクリートダム。形状から判断すると、
白(フランス)がアーチダム
緑(イタリア)と黒(ドイツ)がバットレスダム
ピンク(アメリカ)とオレンジ(オランダ)が重力式と思われる。
ちなみにゲームでは各ダムに区別はないが、実際はアーチダムはコンクリートの使用量が少ない代わりに建設適地が少ない。バットレスダムもコンクリート使用量が重力式より少ないが、構造が複雑でメンテナンスが難しく、大規模なダムには不向きといった特徴がある。

*1:むろん現実では治水機能を持つダムであれば安全性が最優先であることは間違いない。そのはずだ。

*2:ムダな公共工事というレッテルを貼られがちなダムではあるが、国土が山がちな日本において、実はダムの適地はそこまで多くはないので、「とりあえずダム造っとけ」という思想からダムが造られているわけではない。日本の河は水源から河口までの距離が短いために勾配が急であり、ダムを用いない治水(調整池や遊水池、流路変更等)は十分な平野部が確保されていなければダム以上の治水効果を期待することは難しいので、治水が必要な水系においてダムの適地があれば、まずダム建設の有力な候補となる。

*3:例えば有名な八ッ場ダムに関しては、現在の建設地の決定から竣工まで52年かかっているが、本体工事が5年に対して着工から用地の妥結まで40年以上かかっている。

*4:ちなみにダム工事の苦闘を描いたとされる「黒部の太陽」だが、メインの内容はダム本体建設ではなく、ダム本体建設のための資材を運ぶトンネルの掘削がいかに困難を極めたかであり、工事用インフラ整備が中心に描かれているのを意識している人は少ない。

*5:ダム事業者が規格を決めた工事用の道路を指定仮設道路といい、ダムの設計図に記載され、設計図通りに建設されなければならない。一方、施工者の判断で必要となった道路は任意仮設道路という。

*6:Barrageにおいて基礎を建設するときに掘削機がリソースとして要求されているのはこれをシミュレートしているからにほかならない。