ボードゲームの雑感「カネの話再び(その1)」

以前、お金の教育についてボードゲームと絡めて記事を書いたが(その1その2その3)、今回はボードゲームに使われているカネについての話である。と言っても「あなたはボードゲームに毎月いくらお金を使いますか?」という類の話ではなく、ボードゲーム内通貨にまつわるエトセトラだ。まあここ最近の記事であるボードゲームのモチーフについて語るシリーズのひとつである。

カネが登場するボードゲームでは、カネは他のリソースを得るために使われることが一般的だが、ときにはカネそのものが勝利点であったりする。現実世界でもカネは基本的には同じような認識があるから、サンファンやレースフォーザギャラクシーのように「カードをコストとして支払う」よりも、「○金支払って石切場を買う」のほうがルールとしてスッと頭に入ってくるし、画商として有望な若手芸術家の絵をオークションにかけてカネを稼ぎまくる、と言われれば、元手をあまりかけずに他者に高く売りつければいいのだな、という見当が容易につく。

さてそんなリソースや勝利点としてのカネ。ゲーム中は「2金ちょうだい」とか「はい、さんびゃくえん」とか、そういった扱いをされることがほとんどであろう。確かに「1金支払います」みたいな書き方(ひゃくえん支払います、という表記はさすがにみたことないが)されているルールブックもあるが、史実を題材にしたボードゲームでは、多くの場合当時の通貨名で記載されている。今回はそうした史実の通貨についておれの手持ちのボードゲームから紹介していきたいと思う。

セスティルティウス(コンコルディアなど)

まずは共和制ローマから帝政ローマの後期まで鋳造された銀貨(後に黄銅貨)のセスティルティウス。導入当時の重さは1gほどで、会計の基本単位となっていたデナリウス銀貨*1の4分の1の重さ、貨幣価値であった。ちなみにアウグストゥスの頃(B.C.23年に通貨制度の改革があった)にローマで使われていた貨幣は価値の低いものから順に、クワデュランス、アッシス、デュポンディウス、セスティルティウス(ここまで銅貨)、デナリウス(銀貨)、アウレウス(金貨)等があるが、その価値の比率は1600:400:200:100:25:1。カエサルの頃のローマ国家予算は2億セスティルティウス*2、ローマを支えた軍団の一般兵士の給与はカエサルの時代に年給140デナリウス(640セスティルティウス)、大人一人の年間の小麦消費量がだいたい60デナリウス(240セスティルティウス)と言われている。

f:id:Yochida:20220204155950j:plain

セスティルティウス(表)

f:id:Yochida:20220204160028j:plain

セスティルティウス(裏)
画像引用はいずれもHeritage Auctions(https://www.ha.com/

ディルハムアルハンブラなど)

アルハンブラは4種類の通貨(グロート、ディナールディルハム、ドゥカート)があるが(言語によってグロートがフローリンやグルデンだったりする)、ここではディルハムを採り上げよう。ディルハムササン朝ペルシア(A.D.226-651)で流通していた銀貨がもとになっていて、イスラム圏でよく使われた通貨である*3ディルハムの名前はギリシャで使われていたドラクマがもとになっている。

当たり前の話だが、通貨の製造は好き勝手にすることはできない。流通量が多すぎれば通貨の価値が下がり、インフレになるからだ。それは管理通貨制度(通貨の購買力は通貨を発行する国の経済力、信用度が生み出す)が一般的な現代だけではなく、それ以前の金や銀そのものの価値が通貨の価値(つまり通貨に使われている金や銀の重さを購買力とする)であった時代においても同じだし、そうした時代においては通貨に含まれる貴金属の含有率を証明するために、誰が発行したものなのかこそが重要になる。通貨を製造するためには地金とそのクオリティチェックが必要になるので、製造権は一般的にその地域の支配者が行うことになる。その通貨の発行者と偽造を防止するために、通貨には発行者の顔が刻まれることが多い*4。が、イスラムでは偶像崇拝につながるものは一切認められないので、当然為政者であっても通貨に肖像画は使えない。なのでイスラム圏の通貨の多くはコーランの一節が書かれている(他にも剣や幾何学模様もある)。「アッラーの他に神はなし」「神は比類なく、神は永遠で、神は何もお産みなさらず、何かからもお産まれになられない」という信仰告白シャハーダ)が書かれているようだ。

f:id:Yochida:20220209141947j:plain

ルーム=セルジューク朝(A.D.1077-1308)のディルハム(表)

f:id:Yochida:20220209142205j:plain

ディルハム(裏)。時代的には十字軍の頃。
画像引用はいずれもCoin Archives(https://www.coinarchives.com/

余談だが、アルハンブラの4種類の通貨で「Dukaten」は後述のドゥカートのことかと思われるが、絵柄は前述のササン朝で大量に鋳造された1ドラクマ銀貨に酷似しているし、上で採り上げたディルハムの絵柄は、むしろディナール金貨の方に近い。作者のディルクに「変!」と一言いってやりたい。

f:id:Yochida:20220209145248j:plain

アルハンブラの4種類の通貨
画像の引用はBGG(https://boardgamegeek.com/

f:id:Yochida:20220209152359j:plain

ササン朝ドラクマ銀貨
画像引用はCoin Archives(https://www.coinarchives.com/

至元通宝(マルコ・ポーロマルコ・ポーロ2)

マルコ・ポーロやその2(断じて「大いなる帰還」という副題は使わない)には1金、5金、10金の3種類のコインがあり、それぞれ別のデザインになっている。

f:id:Yochida:20220210161625j:plain

マルコ・ポーロの旅路のコイン
画像引用はBGG(https://boardgamegeek.com/

そのうち穴が空いている10金の通貨が至元通宝である。デザインの詳細が確認できないから、たぶん、という条件付きだが、元朝(1271-1368)での穴あき通貨だからおそらく間違いはないだろう*5。至元通宝は銅貨で漢字の他、アラビア文字パスパ文字西夏文字が刻まれているものがあり、元朝モンゴル帝国)の支配圏の広さがうかがえる(画像のものはおそらく西夏文字だが、4種類の文字が書かれているものもあるようだ)。

f:id:Yochida:20220209160616j:plain

至元通宝(表)

f:id:Yochida:20220209160639j:plain

至元通宝(裏)
画像引用はCoin Archives(https://www.coinarchives.com/

ソルド(マルコ・ポーロマルコ・ポーロ2)

至元通宝に続けて、マルコ・ポーロの5金コインの話をしよう(ちなみに1金コインはちょっと特定ができなかった)。コインの半分が数字で隠れているので、それ以外の部分で判断するしかないが、これはある程度簡単に見当がついた。マルコ・ポーロヴェネツィアの人である。ヴェネツィアの通貨といえばドゥカート金貨が有名だが、実際の流通場面においては銀貨が使われていた。なおヴェネツィアでドゥカート金貨が鋳造され始めたのは13世紀後半、ソルド銀貨の鋳造は14世紀前半であった。

話は少しそれるが、今はユーロに統一されてしまったが、イタリアの通貨はリラだったことを記憶している人もいるかもしれない。おれの周囲では安い通貨単位の代名詞であり、「罰金10000リラ」とかそういう使われ方をしていたものだった。リラはもともとリブレという重さの単位であったが*6、通貨の単位としては14世紀頃は1リラ=20ソルドである。次の画像はヴェネツィアの20ソルド銀貨で重さは4.5g。記事執筆時点での銀地金の参考価格は1gあたり95円程度なので、1リラは430円くらい。罰金10000リラは結構な金額となってしまうのだった。

f:id:Yochida:20220210161350j:plain

ヴェネツィアの20ソルド銀貨(表)

f:id:Yochida:20220210161419j:plain

ヴェネツィアの20ソルド銀貨(裏)
画像引用はHeritage Auction(https://www.ha.com/

次回に続く。

cteam.hatenablog.com
<参考文献、サイト>
ローマ人の物語IV 塩野七生、新潮社
ローマ人の物語VI 塩野七生、新潮社
Gold Coins of the World(第9版) L.Friedberg & Ira S.Friedberg、Coin and Currency Institute
コインアーカイブス:https://www.coinarchives.com/w/
古代文字資料館:http://www.for.aichi-pu.ac.jp/museum/index.html
ヘリテージオークション:https://www.ha.com/

*1:デナリウスもセスティルティウスと同じ頃に鋳造され始めたが、これもセスティルティウスと同様、純銀だったものがだんだん銀の含有比率が落ちていった。

*2:ちなみにカエサルは借金をしまくっていて、32歳当時の借金総額は320万セスティルティウスだったらしい。

*3:ちなみにディルハムの上位通貨がディナールだったりするので、アルハンブラディルハムディナールが区別されていることの設定がよくわからん。

*4:支配者の名のもとに行われるがゆえに、多くの国では貨幣の偽造は死罪やそれに次ぐ重罪が課せられた。

*5:ちなみに元朝ではかなり早い時期から紙幣が流通しており、ヨーロッパでは「中国の皇帝は錬金術をしっていて、いくらでもカネを生み出すことができる」と誤ったイメージが伝えられていたらしい。

*6:1ポンド(450g)とだいたい同じくらい。