ボードゲームの雑感「カネの話再び(その2)」

今回は前回の続きでボードゲームに使われているカネについての話である。未見の場合はまずはそちらをご覧いただければ幸いである。

グロート(ランカスター)

ランカスターはヘンリー5世(在位1413-1422)の統治下のイングランドで権力を握るために貴族を懐柔したりフランス遠征での影響力を増加したり、といった内容のゲームだ。ヘンリー5世の時代に発行されていた金貨はノーブル金貨と言われるものだが、ゲームで使われているコインの図柄を見ると、これはノーブル金貨ではなくグロート銀貨であろう。

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ランカスターのコイン
画像引用はboardgamegeekより(https://boardgamegeek.com/

題材が題材だけに銀貨ではなく金貨のほうがふさわしいとは思うが、この時代のノーブル金貨は絵柄が船に乗る君主(表)と十字架の装飾柄(裏)なので、グロート銀貨のほうがストレートに君主の顔が全面に出ている分、ゲームにはふさわしいと判断されたのかもしれない。ならばコイントークンを銀色にすればよいではないかと思うかもしれないが、そこはやはり金色であることが、コインであることをわかりやすく示すために必要だったのであろう。

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グロート銀貨(表)

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グロート銀貨(裏)
画像引用はいずれもNumismatic Guaranty Company(https://www.ngccoin.com/

ヘンリー5世とは直接関係ないが、これより150年ほど前のヘンリー3世発行の金貨が2022年1月に発見され、オークションで8000万円で落札されたというニュースがあった。なぜここまで高額で落札されたのかというと、ヘンリー3世の金貨は現在まで8枚しか見つかっていない、超希少なものであったからだ。なぜここまで希少なのかというと、ヘンリー3世がこの金貨を発行したときに、基軸通貨である銀貨との交換レートが1:20としていた。これは妥当なレートではあったが、金の純度が100%ではなかったため、実際は金貨として扱うよりも鋳潰して金のインゴットとして扱うほうが有利であったことから、ほとんど現存していないらしい。

ターラー(フレスコなど)

ターラーは近世に入った頃(16世紀頃)のヨーロッパで広く流通していた大型銀貨で、現在世界中で流通しているドルの語源となったものだ。当時の基軸通貨として流通していたのはフィレンツェのフローリン金貨やヴェネツィアのドゥカート金貨があったが、その絶対数が不足していた。その代替となる良質な銀貨がターラーだ。ボヘミアにあった銀鉱で鋳造されたという意味でヨアヒムスターラー、それが短縮されてターラーとなった。当時のヨーロッパは東洋からの輸入が多く、外貨が獲得できずに金銀が流出していたため、銀貨の質は悪化の一途をたどっていたが、ターラーは銀の含有率も高く、国際市場での存在感は十分だった。ドルの語源としてもうなずける。

というわけなのでターラーが登場するボードゲームは結構あるのだが、今回はフレスコに登場するターラーを考察したい。フレスコには1金、5金、10金の3種類のコインがある。

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フレスコ(旧版)のコイン。
画像引用はboardgamegeekより(https://boardgamegeek.com/

フレスコは大聖堂のフレスコ画の修復がテーマであることを考えると、天井画にフレスコ画が使われており、ターラーがコインの単位となっていることから、個人的には舞台がザルツブルグ大聖堂ではないかと思っている*1ザルツブルグ大聖堂が舞台だとすると、大聖堂の建て替えがあった17世紀前半頃と仮定してみると、その時期に使われていたターラーはこれだ。

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ターラー銀貨(表)

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ターラー銀貨(裏)
画像引用はいずれもCoinArchives(https://www.coinarchives.com/

このターラーは神聖ローマ帝国で流通していたもので、フェルディナンド3世(1627-1657)の時代のもの。ハプスブルク家の特徴(受け口)がよくわかる。余談だが、古代ローマにおけるコインは、皇帝の宣伝も兼ねていたので、実際の顔よりも立派に見えるように修正されていたとも言われている*2。一方でハプスブルク家の人物の肖像は、今の基準から見るとやや見栄えがよくない受け口を、修正することなく示している。絵画であれば一般に公開することを前提としていないため、修正の必要はないが、コインは流通物なので、少しでも見栄えをよくするために修正、ということもありそうなものだが、そうはしていない。このあたり、コインの役割として皇帝の宣伝という役割が失われてすでに久しく、単純に発行者(とついでに質)を示すものでしかなかった証左にも思える。

クルザード(ナヴェガドール)

おれの愛してやまないナヴェガドールに使われている通貨に触れないわけにはいかない。ナヴェガドールで使われている通貨はクルザードで、発行された当初は金貨、後に大航海時代を通して競争力を失い、スペイン国王との共同統治を経て再独立を果たした後は銀貨として発行された。ナヴェガドールは喜望峰への到達、カリカット到達、長崎への到達という3つの時代フェーズを扱っているものなので、ここで使われているクルザードは金貨であることは間違いない。クルザードは15世紀半ば、エンリケ航海王子の甥である国王アルフォンソ5世によって初めて鋳造された。シンプルな十字架(cruz)がデザインされており、これがクルザードという名前の由来である。他国のコインと違い、国王の肖像が刻まれることはなく、表に盾と王冠、裏に十字架がデザインの基本となっている。

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クルザード金貨(表)

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クルザード金貨(裏)
画像引用はHeritage Auction(https://www.ha.com/

大航海時代にハマるきっかけとなった、光栄の「大航海時代」では、単に金貨としか表現されていなかったが、きっとこのクルザードであったであろう。

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リスボンの酒場の看板娘は、酒をおごるだけで金貨10枚。(画像はMSX版)

当時のクルザード金貨は純度98.9%で3.55g。ヴェネツィアのドゥカート金貨が純度99.7%で3.56gであったから、わずかに純度で劣るが、ほぼ同等の価値である。ヴェネツィアでは、家賃を除けばひと家族が15から25ドゥカートあれば、1年は十分な生活ができたというから、酒場オヤジの値段設定は法外と言わざるを得ない。

ダブロン(プエルトリコ、ムンドゥス・ノヴスなど)

現在のBoardGameGeekのボードゲームランキング1位にはGloomhavenが数年にわたって居座っている。プエルトリコは、このランキングでかつてGloomhavenと同様に数年間首位にいたゲームである。この記事の執筆現在(2022/3/16)においても総合34位につけていて、今年、2020年に販売された新版の日本語版が出るほど根強いゲームである。プエルトリコは植民地における農園の経営、貿易を扱っているゲームだが、ムンドゥス・ノヴスは同じく新大陸との貿易を扱うゲームである。この方面で強い勢力を保持していたのはスペイン帝国ポルトガルに代わって栄華の上り坂を駆け上がっている16世紀中頃に鋳造された金貨がダブロンである*3。英語の綴りはdoubloon、つまりダブルという意味で、何のダブルかというと、重さ(=価値)が当時一般的に利用されていた、フローリン、ドゥカートといった3.5gくらいの金貨の2倍ということで、7gの重さがあった*4

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ダブロン金貨(表)

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ダブロン金貨(裏)
画像引用はANTIQUES BOUTIQUE(https://www.antiquesboutique.com/

ダブロンは海外のオークションとかで「海賊コイン」とか「沈没船の金貨」いう名前で出品されていたりすることが多い。スペイン~新大陸の貿易において、カリブ海に出没する海賊は常に脅威であったし、新大陸の利権を狙う他国との抗争で沈む船も多かった。他にも嵐で沈む船もあったに違いない。大長編ドラえもん第4作の「のび太の海底鬼岩城」で出てくる幽霊船は、まさにカリブ海ユカタン半島沖で沈んだものであった。それゆえに、ダブロンはロマンの塊とも言える金貨なのである。

www.afpbb.com

そういえば、ムンドゥス・ノヴスのゲーム終了条件のひとつに、いずれかのプレイヤーが75ダブロンに達するというものがある。先程引き合いに出したドゥカート換算すれば150ドゥカート。ヴァチカンに収蔵されているミケランジェロの「ピエタ」の制作にあたって、ミケランジェロが請求した報酬がちょうど150ドゥカートである*5

おしまい。

<参考文献、サイト>
海の都の物語 上・下 塩野七生、新潮社
イタリア遺聞 塩野七生、新潮社
Gold Coins of the World(第9版) L.Friedberg & Ira S.Friedberg、Coin and Currency Institute
コインアーカイブス:https://www.coinarchives.com/w/
ヘリテージオークション:https://www.ha.com/
アンティークスブティック:https://www.antiquesboutique.com/

*1:ザルツブルグ大聖堂は鐘も有名であり、鐘が出てくる拡張もある。一方で、2人プレイの際のノンプレイヤーキャラクターがレオナルドであったり、アトリエにおけるパトロンといったフレーバーから、イタリア(フィレンツェあたり)が舞台という線も捨てきれない。

*2:アウグストゥスは実際は華奢で背も低かったらしいが、肉付きがよく、背も平均的に修正されているとも。

*3:麻雀とは関係がない。

*4:他、コインの両面にアラゴンカスティーリャの両王が描かれていたから、という説もある。両王についてはこの記事を参照

*5:もっとも、依頼主は20歳そこそこの若造に請求された金額を見て憤慨したそうだが。