書籍特集「芋づる式書籍収穫祭」

読んだ後に謎が残る書籍はいい書籍だ、と信じて疑わない。1冊の本ですべてがわかるわけがないだろうこのやろう、というスタンスをとるおれとしては、坂の上の書籍ともいうべき、書籍が書籍を呼ぶ書籍がよい。

こうした芋づる式に別の本を読みたくなる、いわゆる「書籍の連鎖」の場合、大抵の本は2連鎖か3連鎖で終わってしまうのだが、最近体験したのは未曽有(“みぞうゆう”と読むと世間に叩かれます)の8連鎖を記録した。その連鎖のすべてをここに公開しよう。(長くなったら2回に分けよう)

1連鎖目:読みたくなる「地図」東日本編(平岡昭利 編、海青社)

もともと地図や地形図に関する書籍を読んでいたことから、なんとなくAmazonにレコメンドされたのがこれ。100年ほど前の地形図と、同じ場所の現代の地形図を比較し、その地形図の範囲がどのように発展したのかを、見開きページで解説した本である。古い地形図はさすがに少し見づらいが、その地域がいかに発展したかを確認するには十分だ。
新旧の地形図で特に変化が顕著なのが川と海岸線だ。昔の地形図に比べて、現代の地形図は「直線」の割合が非常に多い。大抵の川は、かつては自然のままで蛇行していたものが、治水の一環として直線的な流路とした護岸工事が実施されているし、海岸線も埋め立てが進んで、もとの海岸線を想像することも難しくなったりしている。
原野の多さも驚くポイントであった。明治33年(西暦1900年)頃の日本の人口は4400万人程度だそうだから、それだけ居住地域が少なく、田畑や桑畑、荒地、森林であり、まさにRPGのように集落と集落の間は何もない国土であったろう。今走っている電車の車窓から見えるかつての風景を連想してみるのは結構楽しい。

2連鎖目(ふぁいあー):読みたくなる「地図」西日本編(平岡昭利 編、海青社)

東日本編の次は西日本編、これは自然な流れである。ただ、東日本よりもなじみのある土地が少なく、そうした意味ではやや面白さはトーンダウンしたが、西日本在住の人にとっては逆だろう。
ここまで日本全国の主要な土地の新旧地形図を見ていくと、いくつか気になることがでてきた。現在日本の主要な都市となっている場所は、だいたいにおいて城跡があるということ。また、明治期の地形図では城は軍隊の駐屯地となっていること。
主要都市の郊外には競馬場が多いこと。
鉄道網は明治の比較的早い段階でかなりの都市を結んでいたということ。鉄道は都市の中心地を必ずしも通っているわけではないこと、などなど。

3連鎖目(あいす):「地図感覚」から都市を読み解く:新しい地図の読み方(今和泉隆行 著、晶文社

タモリ倶楽部でもおなじみの、架空地図を描くことをライフワークとしている著者の最新刊。昨年同じ著者の本を買っていたので、再び巡り合った感じ。
この本は、「地図感覚」を身につけるということで、地図の中のスケール感や“にぎやかな町”、“さびれた町”を地図から読み解いていく。googleストリートがあればそんな技術は不要ではあるが、個人的にはそうしたダイレクトな「答え」は無粋であると考えているので、こうした本は大好物だ。
また、著者は架空地図の描き手なので、架空地図にリアリティ(いいかえればそこに住む人の空気感)をもたせるためには、こうした「地図感覚」は欠かせないものなのだろう。表紙からして、「この地図から感じる違和感は何か」というような問いかけがなされているくらいだ。
と、この本を読むことで、2連鎖目の疑問の一つが解消された。鉄道が都市の中心地を通っていない理由である。もともと都市の中心地は城であり、隣接して武家屋敷、外郭部に商人街という作りになっていた。そこに鉄道を通す際に、まずもって城に隣接するところに鉄道を引くのは困難であることがわかる。堀に代表される地形の複雑さや、古くからの屋敷が多いからだ。かといって、商人街の真ん中を通すにも不都合がある。なぜなら当時の鉄道は蒸気機関車であって、煙害が発生するからだ。つまり、城下町においては、鉄道は城⇒武家屋敷⇒商人街のさらに外、都市の外縁部に鉄道を通さざるを得なかったわけだ。
ところが物流革命が鉄道によってもたらされると、人やモノの流れは鉄道が中心となり、都市の中心地が鉄道の駅になっていく。一方、都市のスタートラインが城下町でない場合は、ダイレクトに鉄道が中心部を走ることになり、100年前と比べて中心地の移動はあまり見られない。
その他にもいろいろな地図に関する知見がこの本からは得られた。お勧めの一冊である。

4連鎖目(だいあきゅーと):城下町、門前町、宿場町がわかる本(外川淳 著、日本実業出版社

読んだままの本。日本の主要都市は城下町から発展していることがわかったので、今度はそこを掘り下げてみようと思って購入した。
結論から言って、そんなに面白い本ではなかったが、寺社が城の防御力を高めるために重要な施設であった、という知見は面白かった。確かに城壁と見まごう寺社は多いし、城にほど近い場所に寺社が固まって存在することの説明としても合致している。また、古い地図と新しい地図を重ね合わせてみるときに、場所を同定するときに寺社は非常に便利だ。100年もすると普通の建物は建て替えられてしまったり移転してしまうことが多く、川といった地形すら前述のように変わってしまうことが多い中で、寺社は基本的にその場所に留まることが多い。そうした重ね合わせのコツなどは役に立つ。

 

やっぱり長くなってしまったので、次回に続く。