書籍紹介「ハコヅメ~交番女子の逆襲~」

おれは信号無視以外の犯罪を犯したことはない。たぶんしてないと思う。犯してないんじゃないかな。ま、ちょっとは覚悟しておけ、という、極めて平均的な凡夫である。ゆえに直接警察官の世話になることはほぼないのだが、警察官とやらが大嫌いであった。

例えば大学院生の頃、論文をまとめていたら、すっかり終電の時間になってしまったことがある。自宅の駅に着くころには深夜1時を回っていた。自転車にまたがって帰ろうとしたときに、2人組の若い警官にとめられ、防犯登録を調べられた。真冬である。腹も減っている。ものすごく不機嫌な声で氏名を告げたところ、そのふてぶてしさにシロであることを確信した、おそらく上司のほうが取り繕うように「学生さんですか。どちらの大学に?」と訊いてきた。答える義理はなかったが、大学名だけ答えると、何を勘違いしたのか「あー、音楽とかされてるんですねー」と言ってきた。ええ、貴様らのレクイエムを奏でてやんよ!とはさすがに口にはしなかったが、ほどなく解放された。

こんなこともあった。

5月の連休の最終日、自転車で奥多摩までソロサイクリングに行ったときに、空模様が怪しくなってきたので引き返すことにした。その後すぐに、よく車道を確認せずに飛び出してきた車とおれは激突して救急車に運ばれる事態となった。奥多摩の山の中だ。救急車がやってきたのは激突から1時間も経った頃である。そこから1時間半かけて拝島の病院に連れて行かれ、治療を受けた。幸い、外傷は太ももの挫滅くらいで骨折はしなかったので安堵したのもつかの間、次に待ち受けていたのは警察の実況見分である。

もちろん実況見分は事故現場で行うわけで、パトカーに乗せられ、また1時間半かけて奥多摩の山奥に戻るハメになった。実況見分が終わった頃には夕方である。そして本当の衝撃はその後に起きた。

「それでは本官はこれで失礼します」

おい待て。病院から山奥まで連れ戻した挙句、駅まで連れて行くでもなく、加害者と二人きりで置いていくとは何事だ。パトカーはいつもは巡回しているくせに今回だけ片道なのか。それも規則なんで、という無情の一言で片づけられる。思わず「ちにゃ!」とトキの有情拳を喰らったときのような声が出たと、後の世の歴史書では語られている。

とまあ、前置きが長くなったが、とにかくそういうわけで、おれはこの世に生を受けてから今まで一回たりとて、両津勘吉を含めて警察官という職業を好きになったことはない。ところが、そんなアンチ警察官たるこのおれの認識を変える漫画が存在した。それが「ハコヅメ~交番女子の逆襲~」だ。

もともと警察官を10年ほど勤めた女性が描いている漫画で、実体験に基づいていると思われる警察官の業務の細かいディテールが描かれている。それでいてジャンルはギャグ漫画だ。これが何を意味しているかというと、現場の警察官も理不尽な規則に縛られているということであって、それを“一般常識”というフィルターを通してみると、多分に滑稽に映ってしまうのである。例えばレンタルビデオ屋での万引きで実況見分をするときには、被害品のDVDをひとつひとつ調書に残すわけだが、それがエロDVDであろうと逐一記録しなければならないわけで…このあたりのエピソードは6巻に詳しい。

もちろんギャグだけではなく、いわゆるいい話というやつも随所にみられるので、決して子供向きではないが、良質のエンターテインメント漫画と言ってよいだろう。全体的にネーム(吹き出し)が多めではあるが、会話のテンポがよく、常に漫才のかけあいのような雰囲気が楽しめるため、実写ドラマ化に一番近い漫画だとおれは密かに思っている。

ともかく、現場の警察官が大変であることは確実なようだ。そう思ったら、これまで受けてきた仕打ちに対しても、ほんの少しだけ寛容になれそうな気がする。警察組織としては、ギャグ漫画にされるのは迷惑な話かもしれないが、こういう漫画であるほうが確実にイメージアップにはいい。文句なしにお勧めしたい。