ボードゲームの雑感「お金の教育 その2」

前回の続き。

前回は電子マネーと物理的な貨幣の一面を対比してみたが、個人的な見解として今後の電子マネー化の流れは止まらないだろう。だが依然として電子マネーに関する「金の教育」の側面についての危惧は消えない。そもそも日本において、義務教育や高等教育の中でカネの指導は長年なおざりにされてきた感がある。誤解を恐れずに言えば、「カネの話なんて生臭い話はできない」という教育界の暗黙の了解があるかのようだ。

一応、学習指導要領に基づく取り組みでは、「小・中・高等学校の社会科・公民科、家庭科などの教科を中心に、児童生徒の発達段階を踏まえ、消費者教育・金融経済教育に関する内容を指導する」とある。ただし、ここで例として挙げられているものは、「身近な物の選び方、買い方を考え、適切に購入できるようにすること(小学校家庭科)」「契約の重要性やそれを守ることの意義、個人の責任に気付かせること(中学校社会科)」であり、「カネそのものの価値」を考えたりすることはなく、また、計画的にカネを使うことに関しては、「クレジットカードの適切な利用や多重債務問題など消費生活と生涯を見通した経済の計画について理解させること(高等学校家庭科)」と、高校でようやく学ばせる内容となっている。
※厳密には、これらはあくまでも指導例であり、高等学校以前でも取り扱ってよいはずだが、教育の世界では(というより国が睨みを利かせている世界では)、例がすなわち“正”として扱われることが多い。

それが近年になって、ネット通販や電子マネーなどの消費活動の多様化にあわせて消費者トラブルが増加したことに危機感を覚えたのか、消費者教育・金融教育の内容が平成29年3月に公示された学習指導要領では、さらに充実させるようなものとなっている。

https://www.caa.go.jp/policies/council/cepc/meeting_materials_3/pdf/meeting_materials_3_171003_0006.pdf

前置きが長くなって申し訳ないが、そこにボードゲームが活用できないだろうか、というのがおれの提言だ。ボードゲームには資金のやりくりをしたり、ときには借金をして事業をまわしたりするもの、また金融教育という点ではアクワイアや18xx系の株式ゲーもある。他者とバッティングすると価格競争が働いて不利になる(キーラルゴなど)のも市場原理としてわかりやすい。ボードゲームの多くはテーマ性を持っており、現実世界をデフォルメしたものなので、現実世界への再解釈は比較的容易だ(一時期のくにちーのように現実ガン無視野郎もいるが)。教材としてこれほど適しているものはない。

実は、金融教育にボードゲームが使えるのでは、と文科省も考えたらしく、親子で学ぶ消費者教育教材として「マナビィといっしょにおつかいすごろく」なる教材をサイトに載せている。 

www.mext.go.jp

どんなものかと思って教材を見てみたら、これがまあヒドイ代物であった。まずはこの説明書を見ていただきたい。 

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/14/1306400_05.pdf

どれくらいの年齢の児童生徒を対象にしているのかいまいち不明だが、ここでは上記の学習指導要領にあわせて小学校高学年を下限としておこう。これを念頭において、今一度教材を見てみよう。
ひらがなが多すぎないか?というのは措くとして、今日びの小学5、6年生がやるにはこれほどつまらないものもない。教材として必要な要素が満たされていないし、取り扱っているテーマ(買い物=消費活動)とメカニクス(すごろく)の相性が合っていないからだ。すでに予算額、買わなくてはならないもの、おやつの上限が決められているのにも関わらず、さらにサイコロ運という制約を課してどうする。

教材に必要な要素は、次の3点だ。

  1. 内容的な妥当性
  2. 教育内容の伝達性
  3. 興味関心を引く新奇性

1については言うまでもない。教えたい内容と教材の内容がチグハグでは意味がない。この点についてだけは満たしているといえなくもない。

2については、簡単に言えば教える側の意図がどれくらい伝わりやすいか、である。この教材は消費活動の中の「買い物の計画性」を伝えたいのだと思うが、スタートからスーパーの入り口までの意味不明なマスは買い物の計画性にどう関連するのか?計画的に買い物の計画をたてていても、決まったマスに止まれないと意味がないが、これはなぜなのか?計画たてても無駄ということなのか?正直、サイコロ振っていきたいマスの目が出るかでないか、で終わってしまう。そもそも買い物が終わったタイミングでなんでクイズに正解しないといけないのか意味がわからない。クイズの中には消費活動となんら関係のないもの(例:6歳未満の子供が自動車に乗るときの「席」を何と言う?)もかなり含まれているのだ。
また、教育内容をわかりやすく伝えようとするときには、できるだけシンプルにしなければならない。スーパーにいたるまでの道やクイズカードなどは、この内容からすれば蛇足の極みだ。

3については、飽きさせない工夫であったり、面白いと感じさせる何か、である。意味なくサイコロを振らせる本教材のどこに飽きさせない工夫、面白いと感じさせる何かを感じ取ればよいのかさっぱりだ。
同じサイコロを振る行為でも、カタンや街コロ、TRPGは、サイコロを振ることによって何かを得たり、行為の判定といったワクワク要素があるからこそ楽しいのであって、罰ゲームのように同じところをぐるぐる回るだけのサイコロ振りは苦痛でしかない。
またこのことは、前述したようにテーマとメカニクスの不一致とも関連している。休日のコストコじゃあるまいし、地元のスーパーごときでなんで好きなように買い物ができないのか、意味がわからない。ついでに言えばスーパーに入るときもイニシエーションのごときクイズに正解し、ハチのキャラクターと友達にならないと入店お断りというのは何なのか。会員制なのか。あ、そういうところがコストコなのか。

一言で片づけてしまうならば、この教材は教材の名に値しない、きわめて安直な代物である。こんなものを使うのであれば、既存のボードゲームを使うほうがはるかにマシだ(ただし借金上等のワレスゲーは教育上よろしくないので避けましょう)。

テーマはそのままにしてどこをいじれば教材足り得るかについては、また別の機会に採り上げることとしたい。

ちなみに文科省ではなく、FPが作ったこづかい管理のすごろくなるものもあるようだが、これも似たり寄ったりの内容と思われる。だから買い物をすごろくにするなっつーの。

https://www.amazon.co.jp/dp/B07H957984/