雑感「不倫騒動とジャスティスくん」

時事ネタは極力扱わない方針だが、たびたび発生する事象であればまあ載せてもいいか、ということで有名人の不倫騒動とそれにまつわるエトセトラ、特に正義面して声高に他人を貶める想像力欠如野郎(こういう人間をおれはジャスティスくんと呼んでいる)について書くこととする。

なぜ一市民の不倫ごときが報道されるのか

つい先日、某オリンピアンの不倫が発覚した。メディアは大騒ぎである。その選手の所属先は契約打ち切りを表明したし、本人もオリンピックの広告塔の仕事を辞退するという。まあイメージという点ではマイナス以外の何物でもないので、これらの話は理解できる。だが根本的に理解不能なのは、なぜ市井の一市民の不倫ごときがこんなに大々的に報道され、世間のバッシングを受けなければならないのか、である。

不倫は違法か

不倫は現代日本の道徳的観点では良くないことだとされていて、民法でもパートナー以外の性交渉や類する行為は「不貞行為」として違法とされている。結婚している場合は「婚姻共同生活の平和の維持」の侵害であり、パートナーに対する精神的苦痛が生じることを根拠にしているようだ(参考URL:https://hataraquest.com/illegal-affair*1

マスコミは不倫をなぜ告発したのか

今回の場合、マスコミにすれば、不貞行為という違法性の疑いのある行為を告発した、という形になるのだろうが、同じマスコミが週刊誌の記事で不倫デートスポットなる特集を組んでいたりするのはなぜだ。彼らはラブホテルから出てきた不倫カップルにインタビューはしても告発はしないのだ。
この対応の差は、おそらく相手が有名か無名かによって読者の嫉妬心や嗜虐心が喚起されるかどうかに差があるからであろう。無名の人物が不倫を告発されても特に何の感慨もないが、相手が有名人であれば、“格上”を批難し、貶めることで見下すことができる(と勘違いしてしまう)ため、薄っぺらい自尊心が満足されるのだ。まさに下剋上を気取ったバカが誕生するわけである。まるで、冷静沈着で他人に流されないといった特性を取り去った日吉若*2である。マスコミにしてみればスキャンダラスな味付けをして注目を集めれば、後はどうなろうが知ったことではないのであろう。
こうした話のときに、「有名税」なる言葉を持ち出す痴れ者もいる。有名であることで受ける恩恵に対して、有名であるゆえに支払わなければならない対価があるとする謎理論だ。つまり有名なんだからプライバシーはないも同然に監視され、少しでも不品行な行為があれば即告発されることは我慢しろ、というわけだ。因果も何もあったものではない。ゆで理論並に論理が破綻している。いや、ゆで理論は誰も傷つけないのに比べ悪意の塊である以上、こちらのほうがより性質が悪い。

勝手に祭り上げ、勝手に貶める大衆

タレントや俳優のように自身のイメージを売りにして有名になった人間が、それゆえに注目を集めて自爆するのは自業自得である。だから、某元祖トレンディ俳優(それにしても意味不明の肩書である)がかつて不倫で叩かれ、「不倫は文化」とかいう開き直りをするような状況では、その言動で評判を落とすのは当然である。彼の商売にとってイメージは商品価値そのものであり、それを自分で下げるようなものだからだ。一方で、今回のように何かに打ち込んで結果を出した人物は、イメージを武器にして有名になったわけではない。国際大会の素晴らしいパフォーマンスを見た世間が勝手に英雄視し、有名人に祭り上げただけだ。にもかかわらずその人物の人となりや行為に対して、有名人だからといって勝手に非をあげつらい、貶め、その人物の人生を左右するような批判をすることは、はたしてどうなのだろうか。トップアスリートには様々なスポンサーがつく。そのため、ブランドイメージが傷つく行為はご法度であるのはわかる(おれなどは報道をあおったマスコミはそうしたブランドイメージへの打撃を何百倍にも増幅していると考えるが)。本人がそうした行動をしている点については褒められたものではない。当然そのツケは払わなくてはならないが、ツケを払うべきは今現在契約をしている相手であって、犯罪を犯したわけでもないから、これからの人生についてまでツケを払う必要はない。今回の騒動で、彼はこれから先しばらくは負のイメージを背負ったまま生きていかなければならなくなった。これを私刑と言わずなんと言うのだろうか。マスメディアやトゥイッタァ等のSNSを問わず、バッシングを拡散した人々は、他人の人生を傷つける覚悟を持って発信したのだろうか。テレビの演出で行われた行為に対する行き過ぎで無責任なバッシングの拡散によって、若い女性が自ら命を絶った事件からまだ半年も経っていないのに、畜生にも劣る記憶力しかないと言わざるを得ない。

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だそうです。
画像の引用元は諸事情により男組(雁屋哲池上遼一)ではなくアオイホノオ島本和彦)16巻。

妻の謝罪はジャスティスくんを増長させる

他にも今回の騒動で感じた違和感に、不倫されたはずの奥さんが「夫の行為により皆様に多大なるご迷惑をおかけしました」と世間に“謝罪”していることだ。意味がわからない。不貞行為における一番の被害者は不倫された人間である妻自身であるはずなのに、なぜ世間に対して謝罪しなければならないのか。性犯罪の被害者がなぜかバッシングを受けてしまう事象と重なって見えてしまう。
単なる不倫を"騒動”に拡大したのはマスコミとその報道を受けてよく知らないままに無責任な批判、拡散をしたジャスティスくんどものはず。本来被害者である立場の人間のこうした行為や姿勢が、ジャスティスくんどもを増長させるのだ。とりあえず誰かを謝罪させたことによって、自らの行動の正義を確信することにつながるからである。まあこれによってジャスティスくんによる不倫した夫へのバッシングが、より活発になるだろうから、そのあたりも計算した結果なのかもしれないが。

ジャスティスくん(=バカ)が本物の"正義”になってしまう前に

レオ・ロンガネージというイタリアのジャーナリストが書いている。「一人の馬鹿は一人の馬鹿である。二人の馬鹿は二人の馬鹿である。一万人の馬鹿は"歴史的な力”である(「サイレント・マイノリティ」塩野七生より引用)」。ロンガネージは第二次大戦の前後を生きた人間だが、SNSで誰しも発信できる現代においてはバカの拡散は一万人どころではない。その圧力たるや、一人の人間など一瞬で押しつぶしてしまうには十分だ*3ジャスティスくんの意見が大勢を占めると、その見解が正論となり、本物の正義になってしまいかねない。その行き着く先は、ロンガネージがまさに身を持って体験した全体主義である。
ジャスティスくんの大半は、たぶん善良なのであろう。だが悲しいことに頭が足りていないのだ──情報を自分で処理し、裏付けをとるといったことに考えが及ばない。そして大層"感受性”が豊かなのだ*4。だから自分の人生に1ミリも影響しないような他人の不倫なぞに憤りを感じ、匿名性に守られて安心して他人に対して罵詈雑言を浴びせることができる。
ジャスティスくんが"歴史的な力”になってしまう前にできることはなにか。正直、SNSを禁止にすると言ったような、別の意味でアブナイ施策しか有効な手立てはないのではと思う*5。目に余る誹謗中傷やヘイト発言は運営の努力でフィルターをかけることができるだろうが、井戸端会議や居酒屋での雑談レベルの発言までフィルタリングするのは不可能だ。
有効な方法があるとすれば、情報を自分で処理し、自分の頭で考えた上で、安易に情報を拡散しないように心がけるだけだろう。むろんこれは即効性のあるものではないが、それでも馬鹿が一万人集まることで歴史的な力になるように、小さな心がけを何万人もが行えば、あるいは変わるのかもしれない。

*1:裏を返せば決まったパートナーがいないのであれば、相手をとっかえひっかえしようがスワッピングしようが不貞行為にはならない。

*2:アグレッシブベースライナー。性格は冷静沈着で、他人に流されない。少し神経質な面もあるが、常に前向きで虎視眈々と正レギュラーの座を狙っていたようだ。誕生日は12月5日。血液型はab型。好きな言葉は下克上だ。

*3:とはいえ行動を伴うものではなく、ただピーチクパーチク口先で吠えるだけなので、歴史を動かすまでには至らないのが不幸中の幸いか。

*4:一方で決定的に想像力とユーモア精神が欠落している。事件の背景や誹謗中傷を受けた人の心情を考えない。ユーモアを「バカにしている」「差別だ」と真っ先に否定するのはこうした人間である。

*5:うどん県はこうしたほうの対策条例を検討すべきだった。